嵩山少林寺の歴史



中国・河南省登封市にある嵩山西麓にある寺。

董卓、曹操、呂布が活躍した三国時代の後、中国大陸は五胡十六国の戦乱時代を迎えました。
この時代、河南省登封市辺りは北魏の孝文帝に支配されており、
孝文帝が創建したのが嵩山少林寺です。紀元496年のことでした。

その後、6世紀に入りの嵩山少林寺に菩提達磨(達磨大師)が入山します。
達磨は、インド南東部の香至国(カンプーチラ=現在のマドラス近辺)の第三皇子でしたが、
釈迦から数えて第27代の高僧・般若多羅に教えを授かり、釈尊第28代となって海路中国に渡り、
粱を経て北魏の嵩山少林寺に辿り着き、この地で面壁9年の修行を行った後、
禅宗の開祖となったのです。

菩提達磨(達磨大師)から教えを授けられた慧可が、嵩山少林寺第2代目(第二祖)となりましたが、
この時代から嵩山少林寺は反体制(反政府)の拠点となりました。
このため、何度となく体制側の攻撃を受け、破壊、焼き討ちに遇って寺を移転させた不遇の歴史を辿ります。現在の嵩山少林寺は創建時の場所に建立されていますが、創建時の建物ではありません。

なお、現在の嵩山少林寺の最高位は、少林寺武僧団団長である釋永信(方丈)。武僧団総教頭は釋延魯法師です。